一生を賭けた会社に先立たれ怒りのヒラ3
女房は出て往き ローンは残る   
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就社なのか就職なのかと言われます。
我々日本人は誰もかれもほとんど同じようなもので、
ほとんどの人がどんな仕事でもこなせるのだ、と思っていました。
だから会社でも「事務系の人」、「技術系の人」、「パートの小母さん」程度に、
「人財」を大雑把に分けて平気で居ましたし、
分けられる方もあまり文句を言いませんでした。
そして 職務を処理する力よりも、社歴と言う年数を基準に、
組織のポストにつけたり給料を決めたりしてきました。

また村では、
昔から集落の中で少し気の利いた人が、年齢とともに順送りに、
青年会長、消防団長、公民館長、区長、氏子総代と言うような役職を
こなしていくことになっていたのです。
だから氏子総代は年寄りの役で、若者はこの役には着かせて貰えなかった
区長だって 政治に一生懸命な優秀な青年が立候補するなどしたら、
「余計な事をした」「出過ぎた真似をする」と言う事で、
その後の彼のキャリヤーは保証されなくなってしまったのです。

まるでこれと同じような考え方・やり方で、
多くの人は「会社」に勤めていたのです。

処が、「出過ぎた真似」を諌めていたら、
何時の間にか主食である米が、
外国で作った方が美味しくて輸入しても安いことになり、
日産自動車と言う日本を代表するような会社が立ち行かなくなって、
なんと外人を社長にせざるを得なくなってしまった。
そして、「一生を賭けた会社に先立たれた」人が沢山出た。
日本は、マネー戦争なのか産業戦争で「敗戦国」になってしまい、
瓦礫の中にリストラ組が放り出されました。
昔は戦車・軍艦・飛行機と言うような重たいハードで戦争しました。
そして日本は負けました。「資源が無かったから負けた」と言い訳しました。
今度は「何が無かった」と言い訳するのでしょうか。
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川柳ページ
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